毎月さまざまなテーマで地域づくりについて考えていくコラムです。

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第85話(idea 2026年4月号掲載)

今月のテーマ

 

地域運営の落とし穴 (69)

エンタメ市民

「ボランティア」の変遷と、失われた活動

 

 当センターが市民活動支援を始めて20年。開設当初、支援の第一歩として着手したのは、市内の市民活動団体のデータベース作りでした。当時はまだ支援のスキルも手探りな状態でしたが、まずは団体の活動分野や拠点を把握することから始めたのです。当時の活動は施設への慰問などが中心で、いわゆる‘The・ボランティア’といった趣の団体が多く存在していました。

 

 その後、特定非営利活動促進法(NPO法)が浸透し、都市部では特定のテーマを掲げた活動が盛んになりました。他のまちと比較して差を感じることもありましたが、「どこまでも一関は一関なのだから、このまちに合ったスタイルを考えよう」と、地域の特性に合わせた支援を模索し始めたのもこの頃です。

 

 当時は情報の更新のために毎年団体を訪問していましたが、「もう、歳だから、会を閉じようと思う」という声もちらほら聞こえ、‘支え合いの実践者’の高齢化を肌で感じていました。

 

 そんな中、「東日本大震災」が発災。この事態は大きな転換点となり、活動の方向性は「復興支援」や「地方創生」へと大きく舵を切ることとなりました。「課題解決」という言葉がニュースを賑わせ、公金が投入されるようになる一方で、‘個人の純粋な意思に基づくボランティア活動’は、ますます縮小傾向になってしまいました。

 

 一関市社会福祉協議会内に設置されている「ボランティアセンター」が把握している市民活動団体には、まだ‘The・ボランティア’な団体もあるのですが、積極的な展開よりは「できる範囲で」という状況です。ボランティア活動は、個人の意思で行われるものであり、登録や管理とは無関係の位置づけであるため、把握していないだけで、実際にはあるかと思いますが、その数は決して多くはないと思います。

 

 2020年、私の父が緩和ケア病棟に入院したときのことです。待合室の掲示板には「慰問活動募集」のチラシが貼ってありました。当時はコロナ禍で外部の立ち入りは叶いませんでしたが、楽しみが限られる入院生活において、外からやってくる「エンタメ」がいかに貴重なものであるかを改めて思い知らされました。

 

 かつての慰問活動には、踊りや歌を披露する「エンタメ系」の団体が多く、その姿は実によく目についたものです。今は全く無くなってしまったのかといえば、決してそうではないはずですが、出会う機会は格段に少なくなりました。発表の場が減ったことや、活動を支えてきた方々の高齢化によるリタイアが主な要因でしょう。

 

 現在、各市民センターの講座では、踊りや民謡などを楽しむ方々が大勢います。ただ、その多くは「生涯学習」の範囲に留まっており、文化祭での成果発表がゴールになりがちです。せっかく磨いた技術ですから、ぜひ地域活動の場でも披露していただきたいのです。というのも、コロナ禍を経て地域の行事が復活し、「何か披露してくれる団体はないか?」という相談が増えています。しかし現在、情報を公開している団体は限られており、特定の個人やグループに依頼が集中してしまっているのが現状です。これは演者側の負担を増やすだけでなく、行事の新鮮さが失われるリスクも伴っています。

 

五感で楽しむ「まちなか」の風景

 

 行事の内容によって、笑わせたり、見せたり、一緒に体験したりといった多様な選択肢があれば、地域はもっと充実していくでしょう。かつて多種多様な団体が人々を楽しませていたことの価値を、今さらながら痛感しています。

 

 「まちなか」のエリアづくりとは、エンタメ系の市民活動があちこちで行われ、それを見に訪れる人がいて、観光客も思わず足を止めるような「飽きない空間」をつくることです。まちは、見たいものがあり、人の声が聞こえ、笑顔があふれ、食べ物の匂いに誘われる……そんな五感で楽しむ場所であってほしいのです。

 

 「合唱のまち一関」らしく駅前でコーラスが響き、学生団体がストリートパフォーマンスを見せ、その傍らでフリーマーケットを楽しむ市民がいる。そんな「エンタメ市民」が主役の元気な一関の姿を、私は見てみたいと思っています。

 

 

 

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