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株式会社 山一本店

(idea 2026年5月号掲載)※掲載当時と現在では情報が変わっている可能性があります。

 

基本情報

 農業機械や緑地機械を取り扱う「株式会社山一本店」のルーツは、明治から大正にかけて、初代・田中市蔵氏が福井県から越前刃物を手に東北を巡った行商業。昭和15年に次男(現代表取締役の叔父)が千厩町本町で「山一金物店」を開業(「山一」は田中家の屋号)。戦後は「三菱農業機械」の岩手県販売代理店として、食糧増産の社会的使命を担いながら地域の大型機械化を牽引。昭和52年には「三菱農機センター」をバイパス沿いへ開設し、時代の変化に合わせたアフターサービスの充実を図る。2年後には創業110周年(※1)を迎え、「農家のコンビニ」として地域農業の発展に貢献中。

 ※1 同社では初代が急逝した大正7年を「創業年」、法人登記した昭和27年を「会社設立年」としている。

 

地域の土と共に歩む、百十余年の誠実さ

重労働からの解放。快適作業へ、農業の近代化を牽引

 

 創業者・田中市蔵さん(現代表取締役の祖父)は地元福井県の伝統産業「越前刃物」を手に、東北を巡る行商を営んでいました。また、東北に福井から職人を連れて、生漆を採集・販売するという往復での商いをしていましたが、大正7年に当時流行していたスペイン風邪(≒現在のインフルエンザ)で急逝。商いの魂は市蔵に従事していた5人の息子たちへと引き継がれます。※2

2 埼玉県川口市に一号店(長男)を、岩手県内(藤沢町、千厩町、二戸市)に三つの金物店を構え、4男は漆業も継承した。

 

 昭和15年に次男が千厩町本町に開業した「山一金物店」は、出兵により五男の良蔵さん(現代表取締役の父)が継承。鎌や馬鍬など、馬耕等の道具のほか、草刈りや一般家庭で使用される金物類を販売していましたが、昭和27年に「株式会社山一金物本店」として法人登記(昭和50年に現社名に変更)すると、「三菱農業機械」の販売代理店として農業機械の取り扱いを開始します。

 

 当時の千厩町は葉たばこや養蚕の一大産地。さらに、昭和38年に国が圃場整備事業を創設したことで、昭和40年以降、当地域でも田畑の拡大整備などが進められ、農業機械の需要が高まりました。「広大な畑を耕すトラクターは農家の憧れで、飛ぶように売れた時代でした」と、現代表取締役の田中和彦さんは振り返ります。

 

 時代の波に乗り、昭和52年、現本社住所に「三菱農機センター」を開設。昭和57年、一関市大手町にあった一関支店を一関市赤荻(一関インター前)に新築移転し、「一関インター店」と改称しました。機械の販売のみならず、奉仕の精神で機械類の安全指導や苗づくり研修なども実施。地域の農業振興を最前線で支えたのです。

 

「農家のコンビニ」への転換。世代を超えて寄り添う

 

 平成に入る頃、農業を取り巻く環境は激変し、離農や農家の高齢化が進みます。「農業者に限らず、この地で暮らす方々の力になりたい」という思いを強くした同社は、シニアカーや手軽に扱える刈払い機など、生活に寄りそった製品や、休耕地の草刈りを一気に進めることができる草刈り機械等の取り扱いやメンテナ

ンスを強化。「農家のコンビニ」として、いつでも気軽に相談できるアフターサービスの充実にも注力し、専門知識を持つ整備士がメンテナンスを担うことで、大切な機械を長く使い続けられる体制を整えています。

 

 令和7年5月、長女・麻美さんが帰郷し、同社へ。「弊社には、祖父や父の時代から代を継承して農業を営んでいるお得意様もいらっしゃいます。世代を超えてお客様と関わり、地域の皆様のお役に立てるようにがんばります」と語る笑顔は、同社の明るい希望です。

 

 2年後に控える創業110周年に向け、千厩の土や人々と共に歩み、次代へと大切なバトンを繋ぎ続けます。

 

株式会社山一本店 代表取締役の田中和彦さん

代表取締役の田中和彦さん

 

株式会社山一本店 スパイダーモアなど

斜面も楽に刈れるスパイダーモアなども取り扱う

 

式会社山一本店の外観

株式会社山一本店の外観

 


〒029-0803  

一関市千厩町千厩字下駒場164-1

TEL 0191-52-5021

HP https://www.yamaiti.jp/

 

 

 

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