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難解・難読地名に挑戦!第10弾 in 川崎町

(idea2025年9月号掲載)※掲載当時と現在では情報が変わっている可能性があります。

 


 当センタースタッフがピックアップした「難解・難読地名」をテスト形式で100人に出題し、当該地域における「読めない地名ランキング」を勝手に作ってしまう人気企画「難解・難読地名に挑戦!」。

  第10弾となる今回の対象地域は「川崎町」。今回も「最も読めない地名」に選ばれた場所へ実際に行ってきました!  

 

※記載内容はあくまでもセンター独自調査の結果です。


目次

 

 今回の調査には104人の方にご協力をいただきました。その調査結果をまとめたのが下の表です。

※川崎町在住ではない方で、市内の各種団体・企業の方、講座や会議等でお会いした方など、当センタースタッフが直接対面しての調査。

 

 

難解・難読地名ランキング ロゴ

 ※ゼンリン住宅地図に掲載されている地名の読み仮名を正解とします(「ザワ/サワ」「ダ/タ」なども区別しています)。


  地名(よみがな) 正解者(100人中)
1位 千妻(せんざい) 0人
1位 百連畑(ほろばたけ)

0人 

3位  栃木(とちのき) 18人
4位  唐蓮(からよもぎ) 19人 
4位  童子(どうじ) 19人 
6位  渡戸(わたど) 21人
7位  神平(じんぺい) 29人
8位  野手貝(のてがい) 47人
9位  矢作舘(やはぎだて) 64人
10位  如来地(にょらいち)

72人

 

 今回は正解者ゼロの地名が2つあり、1位タイとなったのは「千妻(せんざい)」と「百連畑(ほろばたけ)」。「千妻」は、「ちづま」や「せんさい」と読む方が多く見受けられ、「百連畑」についても「ひゃくれんばた」「もれんばた」といった誤答が目立ちました。試しに川崎町住民にも挑戦してもらいましたが(回答者数には含まず)、まさかのどちらも3割ほどの正答率。「今まで『せんさい』や『ひゃくれんばた』と読んでいた」など、川崎町住民でも誤解しているという結果でした。ただ、「妻(ざい)」、「百連(ほろ)」は常用漢字表で認められていない音訓であり、読めない方が普通なのかもしれません。

 

 3位の「栃木(とちのき)」は予想通り「とちぎ」と答える人が多数。都道府県名のイメージが要因と考えられますが、「栃木(とちのき)」については、川崎町住民の正答率は高く、「川崎町の栃木」という表現だと、ほぼ読めるようです。

 

 「千妻」は川崎町門崎に位置し、行政区は「千手堂(千手堂自治会)」、「百連畑」は川崎町薄衣に位置し、行政区は「柳沢(柳沢自治会)」です。

 「千妻」については、隣接する「千手堂」「妻神」という小字が由来に関係していると推測されます。詳細は下にて!

 

※千妻には住居がなく、水田がありますが、水田の所有者には、隣接する「布佐」行政区の人もいる。

川崎町 全体地図

千妻と百連畑の由来を考察!

 

 川崎町における「最も読めない地名」に1位タイとなった「千妻」と「百連畑」。常用漢字表で認められていない音訓での読みですが、どのような意味があるのでしょうか。

 

 

■千妻(せんざい)

 

 「千妻」は、「千手堂(せんじゅどう)」「妻神(さいじん)」という小字の間に位置しています。「千手堂」には、「観音千手堂」というお堂が古くからあり、そのお堂が地名の由来と思われます。「妻神(さいじん)」については、その漢字だけを見ると、日本神話に登場する女神や妻である神(特にイザナミノミコト)を指します。実は「妻神」と記載する地名や苗字は全国的にも少なくはないのですが、その多くは「さいのかみ」「さいかみ(がみ)」と読み、女神などを指す「さいじん」とは異なります。「さいかみ」等と読む時の由来となるのは、「塞ぎ止める」という意味の「塞(サイ)の神」です。「サイの神」は、集落などの外から襲ってくる悪霊や疫病を、村堺や橋のたもとで防ぐ神様で、道祖神とも呼ばれます。村境や辻、峠などに祀られるため、道路や旅の神様とされることもあります。川崎の「妻神」も読み方は違いますが、北上川や、北上川沿いに走る県道168号薄衣舞川線と接しているため、「サイの神(道祖神)」が祀られていた可能性はあります。

 

 そして肝心の「千妻」ですが、「千手堂」と「妻神」の間に位置することから、それぞれの頭をとって「千妻」なのではないかと推測。「妻神」と同様、川や主要道と接していることから、「サイの神」に関係している可能性もありますが、やはり正式な由来は不明です。

 

 

「千」手堂と「妻」神で「千妻?」

 

 また、現在の「千妻」には住居はなく、田畑が広がるのみです。明治18年の文献資料に「字地名」として「千妻」を確認することができましたが、住居の有無までは不明です。砂鉄川沿いの水害常襲地であり、古くは住んでいたとしても、時代と共に住居は高台に上がっていった可能性もあります。

 

 なお、平成に入って砂鉄川治水対策事業(築堤)が行われ、水害は減りましたが、県道282号東山薄衣線から砂鉄川を見ることは難しくなりました。

 

千妻の今昔マップ

「千手堂」には1200年に勧請(神社に奉納された由緒書きはあるが真相不明)された「瀧山神社」があって、神社の近くには「滝」があるよ。

 

■百連畑(ほろばたけ)

 

 「百連畑」の「百連」を「ほろ」と読むことは、常用ではあり得ません。また、文献資料を読み込んでいくと、「ほろ」ではなく「ほど(ほどばたけ)」や「ほの(ほのばたけ)」という読みで説明されているものも発見!特に『NHKふるさとデータブック(平成4年)』で紹介されている「川崎村」のページ内では、「間違いやすい地名」という欄に「百連畑(ほのばたけ)」と、誤った情報で記載されているなど、古くから混乱を招いてきた地名だったようです。

 

 いつから地名として存在していたかは定かではないですが、『千厩町史資料第9集』に掲載されている「村上家系譜」の中に、村上家7代(婿養子平七)として「薄衣村御百姓百連畑屋敷万之助三男」という記載があり、「百連畑屋敷」という屋敷名から小字になった可能性もあります。この平七は1847年に亡くなったようなので、江戸時代には屋敷名として存在していたと思われます。

 では、「百連畑」とはいったいどんな意味があるのか、可能性のある音で調べていくと、

【ホロ】「ホラ」の転で「谷」の意。通じて「崖」の意。 

【ホノ】「僅か」「小さい」の意。

【ホド】「ホト」と同じく、穴形、窪地、船形の地形(盆地)。二股のようになっている所。山間のくぼんだ所。/ ホ(秀)・ド(処)で「突出した地形」

などの意味があるほか、

「塊(ほ)芋(ど)」救荒食品ホド(ホドイモ)」や「馬鈴薯(じゃがいも)」を指すこともあるようです。これらのことから、「谷間の小さなじゃがいも畑か……!?」と想像しながら、現地に行ってみました!

 

百連畑(ほろばたけ)に行ってみた!

 川崎町薄衣にある「百連畑」は、川崎町から千厩町に向かって国道284号を進んだ時に、川崎町から千厩町に差し掛かる峠の左方向にあります(「ラーメンショップ川崎店」を過ぎて左手側にある山間部ですが、百連畑エリアに向かうには、㈱千葉建設の辺りから左折する)。

 

 「百連畑」は「東磐井棚田20選」に選ばれた「柳沢棚田」を有する行政区「柳沢」にあります。柳沢自治会には、33世帯72人が暮らし(令和7年3月現在)、うち6世帯が百連畑に居住します。百連畑在住の方に話を聞くと、「昔は田んぼがあったがみんな耕作放棄地になっていった」とのこと。由来で推測した「畑」ではないものの、田んぼ(棚田)があったことが分かりました(つまり、由来の真実は不明です。苦笑)。

百連畑の棚田
道路から右手の一部が百連畑。撮影場所付近は耕作されていましたが、ここ以外の場所は確かに耕作放棄地に……。

百連畑の棚田&地図

<参考文献> ※順不同

 門崎村史編纂委員会(1956)『門崎村史』

薄衣村史編纂委員会(1972)『薄衣村史』

小島俊一(2000)『岩手の郡市町村地名の始まり』

楠原佑介・溝手理太郎(1983)『地名用語語源辞典』

千厩町町史編纂委員会(1988)『千厩町史資料第9集』

日本放送出版協会(1992)『NHKふるさとデータブック2[東北]-青森・岩手・宮城・秋田・山形・福島-』

弥栄中学校(1971)『郷土誌弥栄の里』

岩手県(1885)『岩手県管轄地誌 第7号 巻13』

 

 

※現地調査等にご協力いただいたみなさま、ありがとうございました! 


 

↓実際の誌面ではこのように掲載されております。

2025idea9月号 自由研究 キャプチャ画像

 

 

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