毎月さまざまなテーマで地域づくりについて考えていくコラムです。

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第83話(idea 2026年2月号掲載)

今月のテーマ

 

地域運営の落とし穴 (67)

昭和100年

何を残し、何を伝えていくのか?

 昭和100年にあたる令和7年は、JR大船渡線の開業100周年記念(摺沢駅など)、そして猊鼻渓の名勝指定100周年という大きな節目でもあります。各地で周年行事が行われましたが、普段何気なく目にしている大船渡線や猊鼻渓が、100年という膨大な時間を刻んできた事実に、改めて驚かされます。100年もの間、大船渡線は一関市民の暮らしと移動を支え続け、猊鼻渓は変わらぬ雄大な景観を私たちに見せてくれているのです。そう考えると、100年という歳月の重みを、より一層深く感じます。

 

 思えば、「昭和」という時代は、戦争を経験し、そこからの復興、そして高度経済成長期を経て、たくましく生き抜いてきた時代でした。最近では「昭和歌謡」や「懐かしのメロディー」が若い世代にも親しまれていますが、時代を超えて口ずさまれるこの「色あせない魅力」は、一体どこから来るのでしょうか。映画やドラマも同様です。当時の大スターの若かりし頃の写真を見ると、20代や30代でも圧倒的な貫禄があり、人としての「重み」や「格」のようなものを感じます。それに比べると現代人は、どこか若々しく、見ようによっては少し軽薄に見えてしまうかもしれません。これは決して現代人が悪いわけではなく、時代の流行やカルチャーの差なのでしょう。

 

 ただ、一つ言えるのは「娯楽」の性質が変わったことです。昭和初期の娯楽は、地域や集団で作り上げて楽しむものでした。対して現代は、個人で楽しむためのコンテンツが溢れています。選択肢が多いことは幸せですが、一方で‘自分たちで考えるというひと手間’が省かれたことで、「継承」という概念が希薄になっているようにも感じます。今も続く地域の祭りや行事は、先人たちが「楽しむため」に知恵を出し合い、毎年やり続けてきたからこそ価値が積み重なり、地域の象徴となったはずです。山車が練り歩きお囃子が響く、その日のために帰省する人がいるのは、成長過程で「地域愛」が心に刻まれているからです。しかし、高齢化が進む今、その継承に赤信号が点灯しているのが現実です。何度も申し上げていることですが、「何を残していくのか?」です。一度立ち止まり、地域全体で合意形成を図ることが今、求められています。

 

 行事だけでなく、「モノ」の継承も考えていかなければいけません。皆さんも、お宝鑑定のテレビ番組を楽しくご覧になっているのではないでしょうか。驚くような鑑定額がつくと、「うちにも何か眠っていないか」と探してみたくなりますよね。あのワクワク感の正体は、所有欲なのか、あるいは価値を知りたい欲求なのか……。いずれにせよ、人々の心を惹きつけます。ですが、ここで考えたいのは「これからの時代、こうした『100年残るモノ』が作れるのか」という点です。今は壊れたら直すよりも、新品に買い替えるのが当たり前の時代。モノを持たない「サブスク」も広がっています。デジタル機器は電気と電波がなければ動かず、数年で型遅れになり、部品がなければ修理もできません。もし100年後にお宝鑑定番組があったなら、現代の製品にどんな値がつくのでしょうか。「貴重ですね、いい仕事していますね」と言われつつ、「でも、もう動きませんね」とオチがつく姿が目に浮かびます。

 

 すでに「使い捨ての時代」となって久しく、100年先に「貴重だ」と思わせるモノを作るのは難しいのかもしれません。だからこそ、今ある貴重なモノや技術を、もっと大事にしていかなければならないと思うのです。例えば、割れた陶磁器を漆で継ぎ、新たな命を吹き込む「金継ぎ」という技術。これは、昔の人々がいかにモノを大事にしてきたかの証でもあります。私は百均で購入した器しか使っていませんが、いつかそんな手頃な器にも、金継ぎを施して長く使うような経験をしてみたいものです。

 

 本誌「自由研究」では、多くの方にヒアリングを行っていますが、昔のことを詳しく語ってくださるのは、主に75歳以上の方々だと感じています。その下の世代は、残念ながら当時の技術や記憶を十分に持ち合わせていない世代になりつつあります。地域の「宝」を聞き出し、受け継ぐなら、今しかありません。

 

 

 

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