(idea 2026年5月号掲載)※掲載当時と現在では情報が変わっている可能性があります。
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令和7年度 役員のみなさん(一部)
一関市内で活動する旧市町村単位での婦人協議会(地区婦人会)の連合会組織で、一関市の合併を機に発足。
現在は「花泉町地域婦人団体協議会※1」「東山町婦人協議会※2」「千厩町婦人協議会※3」「大東町婦人協議会※4」「室根町婦人協議会※5」の5団体で構成。会長は輪番制。なお、県内の婦人会が加盟する「NPO法人岩手県地域婦人団体協議会」には、同会ではなく、地区婦人会毎に加盟している。
※1 昭和51年設立。8団体(7地区+駅前婦人会)で構成され、金沢地区婦人会については、現在も全戸加入の仕組みが残っている(令和7年度現在)。
※2 昭和44年設立。3地区婦人会で構成。脱会もあるが、地区婦人会の下には部落婦人会も多く残る。
※3 昭和29年設立。4地区婦人会でスタートしたが、脱会等を経て、現在は南小梨地区婦人会と千厩地区婦人会、個人会員で構成される。
※4 昭和41年設立。11団体でスタートしたが、脱会等を経て、現在は摺沢婦人会と興田婦人会で構成される。
※5 昭和30年設立。発足時は旧村に結成された3婦人会からなり、構成団体の枠組みを変えながら、平成26年からは個人加入制へ。
対談者 一関市地域婦人団体協議会連合会
聞き手 いちのせき市民活動センター センター長 小野寺浩樹
昭和23年頃より、全国的に婦人団体の再結成が進められました。戦前の婦人団体は、愛国婦人会や国防婦人会等、戦争の影響を受けるものでしたが、戦後の婦人会は、地域を基盤とした社会教育団体として、新たな時代に適応するための自発的で組織的な学びを実践していくものでした。70年以上が経過し、婦人会組織の解散等も見受けられる中、その必要性や役割を考えてみます。
(2回シリーズの前編)
小野寺 今日は一関市地域婦人団体協議会連合会(以下、市婦連)の理事会だったということですが、市婦連は一関市の合併で誕生した組織ですか?
市婦連 はい、旧市町村の7婦人協議会代表による話し合いを重ね、平成18年4月に発足しています。合併前にも、東磐井の連合会のようなものはあったので、それを解散して今の形になりました。藤沢※6は合併時には町規模の組織はなく、一関・花泉に連合会があったのかどうかは分からない状況です。
※6 昭和30年に「藤沢町婦人団体連絡協議会」が結成されるが、平成19年に「藤沢町住民自治協議会」内の「女性部」に組み込み、発展的解散をした。
小野寺 当初は7婦人協議会でスタートしたということですが、ここにいるのは5地区(旧町村)の方々のように見えますが…?
市婦連 お察しの通り、令和7年度からは5地区での活動です。一関は令和2年度をもって解散し、川崎※7は地区での活動は継続しているようですが、当会からは令和6年度をもって脱会しました。今残っている5地区も、それぞれ組織体制の変化が続いているような状態です。
※7 昭和34年設立。川崎町内26地区の女性部部長・副部長で構成。会は存続しているが、市婦連からは令和6年をもって脱会。
小野寺 一関(一関市地域婦人団体協議会)の解散は当時衝撃でした。最後の方は弥栄・中里・山目しか残っておらず、中心となっていた弥栄が解散したことで、解散せざるを得なくなったと聞いています。他地区でも同様の展開になりつつあるのでしょうか?
市婦連 例えば、大東町婦人協議会の場合、11の単位婦人会(以下、単婦)が参加していましたが、今は摺沢婦人会と興田婦人会の2単婦での活動です。室根町婦人協議会も以前は団体(=単婦)会員制でしたが、平成26年から個人会員制になりました。花泉は7地区+駅前婦人会の8単婦体制を保っていますが、その下の婦人会(部落婦人会)は、会員減で解散し、集落毎ではなく、個人会員制になった単婦もあるようです。
小野寺 当初は集落→地区→(旧)市町村という3層構造だったのが、崩れてしまっているということですね。その背景には何があるのでしょうか?
市婦連 全戸加入の枠が外れたことは大きいです。当初の婦人会は全戸加入だったようですが、高度経済成長期に入り、女性も勤めに出るようになると、活動への参加が難しくなり、次第に組織の見直しが進められました。
小野寺 なるほど。全戸加入という強制力は大きかったということですね。逆に言うと、全戸加入にしてまで推進したい活動があったということだと思いますが、当時の婦人会は何を目的に活動していたんでしょうか?
市婦連 戦後の新しい婦人会では、「婦人の解放」「婦人の地位向上」を掲げ、婦人のあり方を模索していたと聞いています。
それは社会の求めるものだけでなく、女性自身の意識改革を進めることも大きかったと先輩方がよく言っておりました。当時の女性たちは「男性が作ってくれたものに従っていけば良い」という意識が強かったので、その意識改革が必要だった、と。
小野寺 自分たち自身の意識を変えるところからだったんですね。昭和24年に社会教育法が制定され、公民館の設置が進められたことで、そうした意識改革のための学習機会も増えたでしょうね。
市婦連 文献資料※8を見ると、早い地区では昭和25年頃から婦人学級が開設されるようになり、「民主主義とは何か」「憲法」「民法と婦人」など、政治を学んだようです。また、郡の婦人協議会では「婦人会と婦人学級との関係はどうあるべきか」というテーマでの研修会を持つなど、先輩方は急激に変化する世の中に適応していくための議論や学習を重ねていたようです。
※8 千厩町婦人団体協議会(1985)『千厩町婦人団体協議会創立三十周年記念誌』/藤沢町婦人団体連絡協議会(1985)『藤沢町婦人団体連絡協議会創立三十周年記念誌』など
小野寺 新憲法のもとで、社会が大きく変化し、青年団活動なども盛んな時期ですよね。青年団が「社会インフラの復旧」と「民主的な地域づくり」という面で地域社会を発展させていく一方で、婦人会はその動きに対し、自分たちがどうあるべきかを考え、確認しあってきた感じでしょうか。
市婦連 そうですね。その上で、婦人会は次第に「家庭を明るくする運動」や「生活合理化(改善)運動」など、生活の質向上につながる社会運動に力が入るようになります。
小野寺 冠婚葬祭の簡素化や返礼廃止などの申し合わせですね。
市婦連 はい。生活合理化運動は、必要性は理解しているものの、実行には移しにくかったようで、長く運動が続けられたようです。また、昭和50年代に入ると、単位婦人会や区・支部単位で開催する婦人学級の内容に変化があり、趣味・教養が多くなっています。ボランティア活動にも取り組み始めていますね。
小野寺 学習の中身が変わってきていますね。生活に余裕が出てきたということでしょうか。
市婦連 それもありますし、「婦人の地位向上」に取り組んだ結果、社会に自分の得意なことを活かしながら参画したり、「自分の生き方」を認めてもらうという考え方が浸透してきたからかな、と。私たちの少し前の先輩たちも「女性も社会の様々なことに参画しよう。そのための資質を身につけよう」とよく言っていました。
小野寺 婦人会が、教養を高める場になっていたんですね。
市婦連 実際には、外に出る機会の少ないお嫁さんたちにとって、婦人会の集まりは家の外に出て情報交換ができる、数少ない楽しみの一つだったと思います。婦人会の集まりだと言えば、家族も許してくれるので…(笑)
小野寺 堂々と家を出て来られるんですね(笑)
市婦連 そうみたいです。リーダーたちは「女性議員の割合を!」などと目標を掲げていましたが、一会員としては、困りごとを共有しあったり、仲間づくりという意味合いが大きかったんじゃないでしょうか。今は集まらなくてもそういうことができる時代なので、意味を見出せなくなってきていますよね。
【後編に続く】
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