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(idea2026年7月号掲載)※掲載当時と現在では情報が変わっている可能性があります。
平成17年9月20日に一関市、花泉町、大東町、千厩町、東山町、室根村、川崎村の7市町村が合併、平成23年9月26日に藤沢町が編入したことで誕生した現在の一関市。平成17年の合併から20年が経過し、新市の歴史が刻まれていく一方で、旧市町村の特色ある施策や「肝いり事業」が忘れられかけています。そこで「旧市町村カルテ」と題し、10か月の連続企画として「旧市町村のまちづくり」を整理していきます。今号・次号ではその序章として、市町村合併の歴史を振り返ります。
※記載内容はあくまでもセンター独自調査の結果です。
旧市町村カルテファイルNo.0「合併の歴史①」 - いちのせき市民活動センター
・78あった藩政村が、明治5年の水沢県独自の村落統合により55村になった。この時に、現在に通じる地名が村名として誕生した村も(真柴村、弥栄村、清田村、老松村等)。
・明治22年の「市町村制」の公布により、全国一律に町村合併が実施され、1町34村へ。この時の町村が概ね現在の旧小学校区。
・昭和22年の「地方自治法」の公布により、町村行政は複雑かつ専門的に。財政力も必要となり、行政事務を効率的に処理するため「町村合併促進法(昭和28年)」が施行され、「昭和の大合併」が民主的に実施された。
・当地域では昭和30~33年の間で合併が行われ、現在の一関市の前身となる8つの旧市町村が誕生。
※上記は大きな動きであり、これ以外に独自の合併等の動きあり。
・「地方自治法」等の公布は、市町村行政にどれほどの影響を与え、どのように乗り切ったのか。
・地方行政の健全運営を目指して誕生した8つの旧市町村だが、経済成長による人口流出、それに伴うコミュニティの崩壊など多くの課題に直面。どのような課題に向き合ってきたのか。
「地方自治法」が公布された同年、「教育基本法(義務教育についてなど、教育の根本理念を明示)」「学校教育法(6・3制などを定めたもの)」も公布されました。戦後の祖国再建のため、教育の機会均等や男女の差別待遇撤廃、学制の単純化などを図るためのものですが、財政的な困難が多くありました。
特に新制中学校の設置は、「既存施設の活用可、少なくとも初年度新規建築を行わない」という方針が示されたものの、既存施設も満足な状態でなかったうえ、戦争によるダメージも。新校舎建築は地方財政を大きく苦しめました。
また、同年12月の「警察法」「消防組織法」も大きな負担でした。戦前は警察(=国)の仕事だった消防が、市町村の責任となり、施設整備や人員確保の必要に迫られます。しかも昭和38年には「救急業務」も消防の任務に……。
そもそも当時は、戦後の復旧がままならない中で、台風等が襲来することで大災害となり、毎年のように多額の災害復旧事業費も発生していました(当市においても昭和22年にカサリン台風、翌年にアイオン台風)。財政難を抱えている状態で、地方自治の基盤となる数々の法律・制度が同時進行で整備されていくので、地方自治体の苦労は想像を絶します。
昭和21年から始まった農地改革も、農山村における地域社会を根本から変える出来事です。農地改革は国の動きですが、その実務を担ったのは町村職員であり、人間関係にも大きな影響を及ぼすデリケートな問題であるために、相当の労力を費やしたことでしょう。
このように、自治体の仕事量と財政負担が想像以上に大きく、小規模町村での対応に限界が見えてきたことで、「昭和の大合併」が実施されるに至るのです(当市では昭和30~33年の間)。合併で自治体の基盤が整ったのも束の間、モータリゼーションや経済成長が人口流出や交通事故の多発による救急需要など新たな課題を生み出します。そして昭和40年代には「過密・過疎問題※」が深刻に……。
※ 当市の場合、山間部では過疎化が進む一方、一関市(旧市)は、県南の拠点都市として、周辺部の人口流出をある程度受け止める構造にもなっていた。
都市化現象は地域コミュニティも崩壊させ、ゆえに様々な社会課題の解決も難しいという悪循環。そのため、「過疎対策」と同時に「コミュニティの再構築」も叫ばれ、さらに生活様式が一変したことで求められる高水準な行政サービスは、「広域生活圏構想」でカバーしていったのです。
戦後~平成17年の新一関市誕生までの「地方自治」の歴史のうち、両磐地域にとって主要なもの、転機となったもの、影響が大きかったもの等を抜粋しました。
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社会背景及び交付された法律や制度等のうち、 地方自治に大きく関わるもの(一部) |
全国的な動き | |||
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戦 後 改 革 と 地 方 自 治 の 出 発 |
昭 和 20 年 代 |
20年 終戦 首長公選制導入 21年 農地改革開始 日本国憲法公布 22年 教育基本法 学校教育法 地方自治法 警察法 消防組織法 23年 地方財政法 教育委員会法 24年 土地改良法 社会教育法 |
25年 公職選挙法 国土総合開発法 文化財保護法 地方税法(現行) 地方公務員法 26年 農業委員会法 住民登録法 27年 道路法 農地法 自治省発足 28年 町村合併促進法 |
大幅な赤字状態だった 地方財政に、新たに整 備された各種法律への 対応が求められ、29年 の決算では約4割の団 体が実質赤字という、 地方財政は破綻寸前の 状況に。本来地方公共 団体が負担すべき経費 の一部を、PTA寄付な ど住民の税外負担によ り調達(住民への負担 転嫁は昭和36年に禁 止)していた。 |
Point1 学校教育法
中学校が発足したが、校舎は小学校の校舎の一部に同居させたり、藤沢の八沢中学校の場合は、役場二階の公会堂を古い戸障子で間仕切りして教室を急造したものの、机・椅子が足らず、床に座しての授業だった。
新校舎の建設においては、村有財産を処分したり(松川村等)、財産のない村では、国・県からの補助を受けたが、「村内各世帯から政府直轄機関の郵政省取扱いによる定額郵便貯金の預入が条件だったため、村長や役場職員、行政区長、地元郵便局とで協力し、各世帯から数百円~数千円の預入を受け、村全体では数百万円の定額郵便貯金の預入実績を作った(八沢村)」という話も。
なお、教職員は旧青年学校・小学校から転用したが、それでも充足できず、資格の有無にかかわらず教養のある人たちに懇願して採用していたとか……。
Point2 消防組織法
消防組織法が公布された時、当市域には35の町村があったが、常備消防を持つことは困難であり、昭和23年に合併・市制を敷いた一関市(現在のエリアではない)が昭和24年3月に「一関消防本部・消防署」を創設した以外は、警防団→消防団へ改組し、消防団員(非常備消防)によって消防活動を継続するに留まった。
旧8市町村が誕生すると、昭和39年に「花泉町消防常備部」「千厩消防団常備部」が組織された。背景には、国が進めてきた「消防常備化」の動きと、昭和38年の消防組織法改正が。この改正では、消防の広域化や一部事務組合方式が推奨された。
その後、昭和45年に「両磐地区広域市町村圏」の指定を受け、協議会ができたことで、消防、救急体制の常備を図るため消防組合を設立することに。昭和47年、1市6町2村で「両磐消防組合」を発足させると、翌年以降、分署等を順次整備し、両磐全域へ常備消防を拡大した。
なお、消防常備部や組合発足までの間、消防団によって消防業務をカバーしていた町村は、出稼ぎによる青年・壮年男性の減少により、正規消防団員不足が問題に。そこで誕生したのが、地域に残った主婦たちによる「婦人消防協力隊」であり、昭和30年代後半から各地で組織化され、地域の消防活動を側面から支えていった。
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社会背景及び交付された法律や制度等のうち、 地方自治に大きく関わるもの(一部) |
全国的な動き | ||
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復 興 か ら 成 長 へ ~ 行 政 基 盤 を 整 備 |
昭 和 30 年 代 |
30年 地方財政再建促進特別措置法 31年 新市町村建設促進法 ※町村合併促進法と違い、新市町村建設促進法は 新市町村を育成するためのもの 32年 東北開発促進法 水道法 33年 下水道法全面改正 国民健康保険法 35年 道路交通法 36年 農業基本法 災害対策基本法 38年 観光基本法 老人福祉法 39年 河川法全面改正 |
朝鮮戦争特需をきっかけに 日本経済が回復し、高度 経済成長へ。地方では電気、 水道、道路、圃場などの整備 が進められる中、人口流出に よる影も進行する。また、 生活課題の複雑化によって、 市町村に求められる行政分野が 拡大。災害・福祉など 「住民を支える行政」へ 広がる。 |
【メモ】
30年~33年 旧8市町村誕生
31年 旧一関市は深刻な赤字により財政再建団体に指定される(38年再建完了)
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社会背景及び交付された法律や制度等のうち、 地方自治に大きく関わるもの(一部) |
全国的な動き | ||
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公 害 ・ 年 問 題 へ の 挑 戦 |
昭 和 40 年 代 |
40年 山村振興法 42年 住民基本台帳法 公害対策基本法 (45年 公害関係法) 43年 都市計画法 44年 広域市町村圏振興整備 措置要綱通達 新全国総合開発計画 45年 過疎地域対策緊急 措置法
46年 コミュニティ対策 要綱発表 |
工業化を遂げたことで各種の 公害問題が発生。さらに 都市化の進展に伴い、地域 共同体が崩壊し、コミュニ ティの再構築が叫ばれる ように。一方で、社会経済の 進展に伴う地域社会の広域化 で、広域行政の推進も必要に……。 |
【メモ】
44年の「広域市町村圏振興整備措置要綱」が「市町村の共同処理・広域行政の推進(消防、ごみ処理、し尿処理、広域道路、広域施設等)」だったのに対し、54年の「新広域市町村圏計画策定要項」は「第三次全国総合開発計画」を受け、単なる「共同処理」から「医療、教育、文化、交通、福祉なども含め‘広域で地域づくりをしよう’」という発想。
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社会背景及び交付された法律や制度等のうち、 地方自治に大きく関わるもの(一部) |
全国的な動き | ||
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保 健 ・ 福 祉 の 拡 大 |
昭 和 50 年 代 |
※ 高速交通時代の幕開け ~ 県南拠点都市への飛躍 52年 第3次全国総合開発計画閣議決定 54年 新広域市町村圏計画策定要項/モデル定住圏制度 55年 過疎地域振興特別措置法 56年 第二次臨時行政調査会 57年 老人保健法 58年 テクノポリス法 ※50年代に価値観のポイントが「経済効率」から「人間本位の生活を営むこと」に転換された。 情報化社会から高度情報化社会に進む。 |
開発優先から、生活の質・福祉・ 環境・地域課題への対応に地方行政の 重点が変化した時代。 住民の多様化する生活要求に 対応するため、市町村が 地域の実情に応じた行政を担う役割が一層重視された。 |
【メモ】
52年11月 東北自動車道(一関IC) 開通
54年 「両磐圏域モデル定住圏」 指定
57年6月 東北新幹線一ノ関駅 開業
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社会背景及び交付された法律や制度等のうち、 地方自治に大きく関わるもの(一部) |
全国的な動き | ||
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地 方 の 時 代 へ |
昭 和 60 年 代 ~ 平 成 初 頭 |
62年 集落地域整備法 総合保養地域整備法(リゾート法) 第4次全国総合開発計画 閣議決定 63年 ふるさと創生1億円事業 平成元年 高齢者保健福祉推進十か年戦略 7年 地方分権推進法
9年 介護保険法 ※地方では「開発と基盤整備」の時代から、高齢化対応の時代へ。 |
50年代後半から「むら おこし運動」など地域 づくりの取り組みが広 がり、60年代には市町 村が地域の個性や資源 を活かしたまちづくり の主体として期待され るように。「ふるさと 創生一億円事業」は、 自治体が自ら地域づく りを考える流れを象徴。 |
【メモ】
・リゾート法によって、都会の余暇需要に、地域の資源を観光化する機運ができる。
・独居老人や高齢夫婦世帯、寝たきり高齢者への対応が課題に。特養ホームやデイサービスセンター等「社会全体で高齢者を支える」仕組みを目標とした。
→当市域でも、一関市では老人保健施設が整備され、東磐井の町村では、ホームヘルパーやデイサービス、送迎体制の整備が重点に。福祉行政の比重が急速に高まった。
Point3 過疎対策と広域定住圏
過疎地域振興特別措置法は、昭和45年の過疎法の後継であり、昭和50~60年代の公民館、集会所、道路、体育施設等の多くが過疎対策事業と結びついている。
また、国土庁が「地方に住み続けられる条件を整備する」ことを目的に制度化した「モデル定住圏」に両磐圏域が指定されたことで、「一関市と周辺町村を一つの生活圏として捉える」ことが共通認識となり、後の合併にもつながっていく。
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社会背景及び交付された法律や制度等のうち、 地方自治に大きく関わるもの(一部) |
全国的な動き | ||
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分 権 元 年 |
平 成 10 年 代 |
11年 地方分権一括法 市町村合併特例法改正 12年 新過疎法(過疎地域自立促進特別措置法) 13~18年 三位一体改革 |
地方分権の進展により、 国に依存する行政から、 地域の課題を自ら考え 実行する自治体へ転換 することが求められた。 |
【メモ】
17年 新一関市誕生(藤沢町は23年)
次号からは旧市町村別にカルテとして、‘肝いり施策’などを紹介していきます!
<参考文献>
・地方自治百年史編集委員会 編(1993)『地方自治百年史 第3巻』
・岩手県総務部地方課(1957)『岩手県町村合併誌』
・藤沢町史編纂委員会 編(1981)『藤沢町史. 本編 下』
・一関市教育委員会(2005)『いちのせきの教育』
・大島英介(1992)『一関市の歴史 下(岩手県市町村地域史シリーズ)』
・花泉町婦人消防協力隊結成30周年実行委員会(2004)『花泉町婦人消防協力隊30周年記念誌』
・「いわて消防物語」刊行委員会(1986)『いわて消防物語』
・東山町史編纂委員会 編(1978)『東山町史』
・川崎村 編(2005)『川と人の軌跡』
↓実際の誌面ではこのように掲載されております。
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