(idea 2020年5月号掲載)※掲載当時と現在では情報が変わっている可能性があります。

伝説調査ファイルNo.5「オカミサマ」

 

 とある地域で古い地図を見ていた時に出てきた「ここに『オカミサマ』がいてね」という話。聞けば青森県で言う「イタコ様」のような存在だったとのこと。当地域にもそうした存在の方がいたという衝撃とともに、現代においてはどうなっているのかが気になってしまった我々。その存在について調査しました!

 

※記載内容はあくまでも当センター独自調査の結果です。なお、特定の宗教等を紹介するという趣旨でなく、あくまでも当地方における文化・歴史・民俗学的観点から取材・編集を行っております。

視覚障がいのある女性の貴重な生業

 現在のように医療や農業技術が普及していない時代、「子どもの発育が悪い」「今年の稲作は上手くいくか」など、日常生活の悩みを相談していた先が「オカミサマ(呼び方は地域によって様々(表1参照))」といわれています。その多くは、視力にハンディキャップを負っていた女性ですが、オカミサマに関する資料は僅かしか残されていないのだとか。

 

 「口寄せ」や占い、祈祷などを生業としていたオカミサマですが、最初から特別な能力を持つ人は稀で、ほとんどの人が師匠の下に弟子入りし、住み込みまたは通いながら修行に励んでいたそうです。お互い目が不自由なため、祭文や唱え言などは口伝で承継し、師匠の判断によって一人前になるための儀式を行います。これを「カミツケ」といい、自身の守護神・仏を感得し、オカミサマとして独立していきます。この時、オカミサマとして活動するための道具を師匠から与えられますが、その中に「オシラサマ」がありました(「オシラサマ」に関しては次号で詳しくご紹介予定)。

 

 悩みを抱えた時の駆け込み寺のような存在として、地域では崇敬されていたオカミサマですが、近年その数は減少。岩手県内で把握できる数は4人(一関市・奥州市・陸前高田市・大船渡市)で、一番若いオカミサマでも76歳とのこと。多い時には100人以上のオカミサマがいたようですが、時代の変化や昭和23年に施行された盲学校教育の義務化による職の拡大、それに伴う弟子養成問題(後継者不足)など、様々な要因が重なり、「生業」としての「オカミサマ」は当地域から姿を消そうとしています。

※1 男性のオカミサマも存在したが、多くは琵琶法師や八卦、按摩といった職に就いた。

※2 亡くなった人の霊をオカミサマ自身に憑依(降霊)させ、その霊に代わって言葉や意思を

   人に伝えること。

※3 平成17年に学校教育法の一部が改正(平成18年4月施行)し、「盲学校」という校名を

   「視覚支援学校」または「特別支援学校」等に変更した学校もある。

※4 鍼灸マッサージ師の資格を得たり、IT関係、音楽家などの職へ就く人が増加。

< 表1 各地域の「オカミサマ」呼称 >

 各地域で呼称に相違があるのは、近世の幕藩体制下における交通・文化圏と関連しているのではと考えられています。

視覚障がいのある女性が神職につくこと(「盲目の巫女」)は東北地方以外でもあったようですが、巫女はあくまでも神道に仕えるものであり、民間信仰としての東北地方の「オカミサマ」とは性質が違っていたようです。

表1 各地域の「オカミサマ」呼称

※似たような存在として沖縄に「ユタ」と呼ばれる民間霊媒師があるようですが、ユタは視覚障がいには関係ないという点で、性質が異なります。そうしたことから「オカミサマ」という存在は東北特有とも言われます。

「オカミサマ」に会ってみた!

 目が不自由な女性たちの職業選択の幅が広がり、「オカミサマ」という「職業」は不要になりましたが、悩みを抱えた時の拠り所を必要とする人は少なくないはず。そんな人たちに一筋の光を照らすべく、現代においても「オカミサマ」として「口寄せ」を行ってくれる方に会ってみたい!と、情報を探したところ、残念ながら現役のオカミサマは当市にはいないことが判明。ただ、口寄せ等は高齢によりやめてしまっていますが、オカミサマとして生きてきたという佐藤きり子さん(大東町摺沢)にお話しを伺うことができました。

Q オカミサマになった経緯は?

 15歳の頃にトラコーマという流行目になり、失明してしまった。一ノ関駅前近くの病院へ通ったが、家が貧しかったため、電車の定期券を購入することができなくなり、また、医者が「元の視力へ戻らない」と親へ話しているのがたまたま耳に入るなど、嫌なことがたくさん重なった。差別が多かった時代でもあり、死ぬことばかり考えていた。そんな時、隣の家へオカミサマが来ていたのを思い出し「自分にはこれしか残されていない」と思い立ち、親の了承を得ないまま、親がいないときに家を飛び出し、自分で生きる道をつくった。

 

 目が見えない中、オカミサマを人づてで探し回っていたときに出会ったのが、大乗寺(大和宗)二代目の千田賢竜さんだった。賢竜さんに弟子入りし、オカミサマとなるための修業を積んだ。目が見えないので、口伝えでお経を一括りずつ覚えていくが、寝ると忘れてしまうし、師匠や姉弟子の身の回りのお世話もしなくてはならず、1つのお経を覚えるのに何か月もかかった。

 

 10年間修業を積んだ後、結婚したため、3年後の昭和43年に一人立ちした。

Q どんな人がどんな時に相談に来る?相談の数はどれくらい?

 亡くなった方がいれば口寄せをして仏様を降ろしたり、悩み事で相談されればその御祈祷(人生相談など)を、医者に診てもらっても良くならない身体の異常に対してはお祓いをする。

 相談を聞いていたときは、相手が気に障るようなことは言わず、スッと気持ちを落ち着かせる言葉を伝えていた。オカミサマとして独立したとき、摺沢にオカミサマはおらず、商売人の街という地域柄、お客さんが来るか不安だったが、少しずつ噂が広がり、お客さんは増えていった。

 

 当時は1日に午前・午後と1件ずつ依頼が入っており、相談への対応と両立して家事や子育てをしていたが、口寄せも御祈祷も集中力が必要で、かなり体力を使うため、歳とともに体力が追い付かなくなり、対応を減らしていった。7年前に事故にあってからは相談への対応はやめてしまった。

佐藤きり子

佐藤きり子さん(84)プロフィール

 

昭和10年  一関市東山町松川(当時は松川村)に生まれる

昭和18年  母・他界

昭和25年頃 流行目(トラコーマ)により失明

昭和28年頃 家を出てオカミサマの修行開始。師匠の住む大東町猿沢へ。

昭和39年  視覚障がいのある男性と結婚。大東町摺沢へ。

昭和43年  オカミサマとして独立。

 

きり子さんのおでこにはホクロがあり、その位置がお釈迦様と一緒なので「神様がオカミサマの道へ導いてくれた」とのこと(きり子さんは神仏習合)。また、きり子さんは弟子をとっていなかったので、後継者はおらず、きり子さんが一関市における最後のオカミサマと言えます(ハヤリガミと呼ばれる存在の人がいるとの話もありますが、ハヤリガミとオカミサマは似て非なるものとのこと)。

 

◇◆◇◇ 目の不自由な人たちをつないだ存在 ◇◇◆◇

 取材をする中でわいてきた「今のように福祉サービスがなかった時代、目の不自由な人たちはどうやってつながっていったの!?」という疑問。実は江戸時代、当地方に住む目の不自由な人たちを世話していたのは中尊寺だったのだとか。

 

ところが、明治維新下の神仏分離の影響で神社や寺院は大混乱となり、これまでのように目の不自由な人たちの面倒を見ていくことが難しい状態に。目の不自由な人たち自らでつながりを作らなければいけない状況になりますが、なかなかうまくいかず……。

 

 この状況に危機感を持った米倉如山という人が声がけをし、昭和16年、宮城・岩手合わせて約200名で今でいう宗教法人のような団体を結成(活動拠点は川崎にある大乗寺)。そうした動きは全国でも稀とのことで、近年でも様々な研究機関に取りあげられています。

 

 福祉サービスのない時代、目の不自由な人たちをつなげてくれる存在であり、オカミサマに進む人にとっては師弟関係を結ぶ入口ともなっていたことから、目の不自由な人たちにとっての「拠り所」として、大乗寺では現在もその面影を見ることができます。次号ではその1つである「オシラサマ」を特集します!

結成時に撮った集合写真
結成時に撮った集合写真

<参考文献> 

一関市教育委員会(2011)『一関の文化財』

(株)学習研究社(2003)『イタコとオシラサマ 東北異界巡礼』

 (財)岩手県文化振興事業団(2008)『いわてオシラサマ探訪』

宗教法人 大和宗々務所(1971)『大和宗の縁起並大乗寺史録』  

 

<取材協力> 

一関市教育委員会文化財課

宗教法人大和宗 4代目管長 菊地弘龍さん

佐藤きり子さん

 

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