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(idea2020年12月号掲載)※掲載当時と現在では情報が変わっている可能性があります。

境目調査 ファイル№2 「イノシシ」

 イノシシによる獣害が深刻化している昨今。地域においても「ついに〇〇までイノシシが来たぞ」という話題を耳にすることが増え、「今まではいなかったイノシシがついに北上してきた」という解釈をしてしまいがちですが、実は当市域には「猪」や「亥」という漢字が使われた地名が複数存在。実は古くはイノシシがいたのでは?という憶測から、日本、そして当地域におけるイノシシに関しての「境目(転換期等)」を調べてみました。

 

※記載内容はあくまでも当センター独自調査の結果です。

 

■イノシシにまつわる地名

 ゼンリン地図をもとに探し出した「猪」「亥」のつく地名は大きく分けて4つ。一関萩荘の「赤猪子」、一関厳美と花泉油島の「猪岡」、一関厳美の「小猪岡」、花泉涌津の「亥ノ年」。地名辞典や郷土資料によるそれぞれの地名の由来は左の通りで、イノシシに関係する説もあれば、全く関係ない説も。

 

イノシシにまつわる地名

 そこで歴史文献を確認すると、厳美の「猪岡」の場合、「猪岡村」は戦国期には存在し、「井岡」と書かれることもあったようです。小猪岡は猪岡村にあった端郷で、明治2年に猪岡村から小猪岡村として分かれています。また、涌津の「亥ノ年」の場合、安永風土記には「猪閉館」という館名で記載されているようです。

 由来として文献等に記載されている説と史実とでは整合性がとれず、また、「猪」や「亥」は当て字ではないかと思われるような説の方が現実味があり、当初の「かつてイノシシがいたために猪の漢字がつく地名なのでは?」という仮説は、否定はできないものの、仮説に留まる結果に……。

■貝鳥貝塚からの出土品

 ところが!イノシシがいたという事実が、縄文時代中期から晩期、弥生時代までの遺物が出土した油島(花泉地域)の「貝鳥貝塚」の出土品からあっさり確認できたのです(笑)

 この貝塚では、貝類はもちろんですが、イノシシ含め23種もの獣骨が出土!イノシシは近年になって初めてこの地に足を踏み入れたのではなく、やはり元々生息していたのです。

 そこで本題。イノシシはいったいいつまで生息していたのか?次のページではその境目を探ります!

貝鳥貝塚

<貝鳥貝塚>         一関市花泉町油島

 

 縄文時代中期から晩期、弥生時代までの遺物が残され、内陸部に所存する縄文時代の淡水貝塚としては国内有数の規模を持つ。昭和30年代~40年代にかけて発掘調査が行われた。

 縄文時代後期・晩期に形成された貝層が顕著に残っていることが特徴で、淡水産のオオタニシ・イシガイ・マツカサガイ・カラスガイが多く出土している。

 

 そのほか、鹹水産貝類のハマグリ・アサリ・アワビ・ホタテガイも少量、魚骨では、フナ・ウナギ・サケ科の一種・マグロ類・マダイ・スズキなど11種、獣骨はニホンシカ・イノシシ・カモシカ・テン・キツネ・ニホンオオカミなど23種が出土している。

 また、多数の埋葬人骨や人工遺物として土器・石器・骨角牙貝器が出土しているため、人類学の分野からも注目された。昭和41年、岩手県の史跡に指定されている。

 

■知られざるイノシシの境目

 ヨーロッパからアジアにかけて広く生息しているイノシシ。

 日本においては「ニホンイノシシ」と「リュウキュウイノシシ」の2亜種が生息し、西日本を中心に本州、四国、九州に広く分布しているのが「ニホンイノシシ」です。

 東北地方はイノシシの「分布空白域」と表現されることが多かったことから、あたかもイノシシが古来からずっと生息していなかったと思われがちですが、実は縄文時代~明治期までは東北地方にもイノシシが生息していたのです!

 そんなイノシシに関する知られざる「境目」をまとめてみました。

【縄文時代は北海道以外には分布していた】

 

氷河期から温暖化へ変わり、ナウマンゾウやハナイズミモリウシ等の大型動物から、シカやイノシシなど中型動物が増えていったとされる縄文時代(イノシシは縄文時代以前からいたともされる)。

「食料(肉)」「衣料(皮)」「日常生活品(骨)」など、余すところなく使うことができるイノシシは、縄文時代においては貴重な存在だったのだとか。

 そのため、イノシシが生息していなかった北海道人は、わざわざ海を渡ってイノシシを獲りに来ていたようです(北海道でもイノシシを模した土器等が見つかっていることから)。

 当地域においては「貝鳥貝塚」からイノシシを模した土器や、イノシシの骨で作られた垂飾品、刺突起が出土しており、生息していただけでなく、狩猟の対象だったことがわかります。なお、当時の貝鳥貝塚の周辺は内海が入り込んでいたと考えられ、そのために自然の恵みが豊かで、人も動物も生息しやすい環境が広がっていたのではないかと推測。ちなみに現在の海面を8m上昇させると、貝鳥貝塚やその周辺の貝塚とちょうど分布が重なるのだとか!

 

【江戸時代にイノシシ害対策が本格化 → イノシシは山の中へ……】

 

農耕が始まった弥生時代には早くも「害獣」と扱われ始めるイノシシ。とは言え、貴重なタンパク源でもあるので、長らく共存をしていました。

 

 しかし、全国的に大幅な農耕地の拡大と人口増加が起きた江戸時代前期には、イノシシやシカ等の野生動物と農業生産活動との軋轢が激しくなります。大事な食糧を守るため、江戸時代の中期には、被害防除のための「シシ垣」の構築、威筒による威し、捕獲など、大規模な対策が様々講じられたのだとか。

 実は平野の生き物で、昼行性でもあるイノシシですが、大規模な獣害対策により、江戸時代の半ばから末にかけて、イノシシは平野部と隣接する丘陵地帯から姿を消し、人間の活動が少ない夜に活動することが多くなったのです。

 ちなみに、1862年に盛岡に生まれた新渡戸稲造は、幼少期の御馳走が鹿肉の煮込みだったと述べているなど、盛岡エリアでも明治期は牛肉・豚肉よりもシカ・イノシシ・ウマの肉が一般的だったそうです。

【明治から大正期にかけての急消滅】

 

明治に入ると、狩猟圧の高まりや集約的な土地利用の拡大などによって、イノシシの生息域は全国的に大きく縮小します。

 

 特に、北上山地や阿武隈山地など東北地方の太平洋側では明治から大正期にかけて分布域がほとんど消滅。これには豚コレラが関与した(明治期に西洋から導入したブタによる豚コレラの蔓延)可能性が高いと言われています。

 

※遠野では明治20年代、五葉山周辺では明治中期~末期、青森県下北半島では明治14年~23年頃の絶滅ではないかとされる。

【空白期間はわずか100年ほど!?】

 

 東北で再びイノシシが捕獲され始めたのは2000年前後。

 

 福島、宮城、山形の順に捕獲数が増加、岩手では2011年に初捕獲が報告され、同年に一関でも捕獲されています(目撃情報は2005年頃から)。つまり東北での空白期間というのは実はわずか100年強だったのです!その後、秋田で2012年、青森でも2017年に捕獲されており、東北にはイノシシが完全復活してしまった現状です。

 

 ちなみに、一関市における2019年度のイノシシの捕獲数は58頭。今年度においてはすでにその頭数を超えています。萩荘・厳美地域での被害が大きいですが、今年度は大東地域でも被害・捕獲ともに報告されるなど、東磐井エリアにも拡大しています。

 少し冷静になって、先人たちの暮らしぶりを掘り起こすと、何かしらの解決のヒントが見つかるかもしれません。

■イノシシ由縁の大飢饉

1749年(寛延2年:江戸時代)に青森県域の八戸藩で発生した大飢饉はその名も「猪飢渇(イノシシケガジ)」。凶作に加え、イノシシの大群がイネやイモ、山中のクズやワラビまで食べ尽くしたために起こった飢饉で、翌年までに3000人が餓死したのだとか!

 大飢饉を引き起こすほどにイノシシが増殖していた背景には、「生類憐みの令」や、開墾や焼き畑で大豆の生産を奨励していたこと(焼畑で畑を開き、2~3年で新しい畑に移ると、もとの畑に生えてきた植物をエサにしてイノシシが大発生)があったとも言われています。

 イノシシは生息環境が整うと急増するということがよく分かる史実です。

<参考文献>

萩荘文化財研究会(2018)『萩荘のむかしばなし』

一関市立本寺中学校(1977)『須川・本寺風土記』

芳門申麓(1997)『岩手の地名百科―語源・方言・検索付き大辞典―』

角川日本地名大辞典編纂委員会(2009)『角川日本地名大辞典3』

平凡社地方資料センター編(1990)『日本歴史地名体系 第三巻 岩手県の地名』

一関市博物館(2019)『縄文人のセンスー貝鳥貝塚の出土品―』

環境省(2010)『特定鳥獣保護管理計画作成のためのガイドライン(イノシシ編)』

日本哺乳類学会(2018)『2017年度大会公開シンポジウム記録 イノシシ・シカの「北上」を考える』

岡惠介(2008)『明治・大正期の岩手県周辺における大型哺乳類の狩猟―オオカミ・シカ・イノシシ・サル猟の地域性―』

もりおか歴史文化館(2019)『もりおか歴文館だよりvol.11』

↓実際の誌面ではこのように掲載されております

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