(idea 2020年6月号掲載)※掲載当時と現在では情報が変わっている可能性があります。

伝説調査ファイルNo.6「オシラサマ」

 

 当地域における視覚障がいのある女性の貴重な生業であった「オカミサマ」という存在についてご紹介した前号。オカミサマが独立するときに師匠から与えられる道具の中に「オシラサマ」があります。しかし「オシラサマ」には「オカミサマの道具」とはまた別の側面が!「文化資源」という観点からも「オシラサマ」に注目します。

 

 

※記載内容はあくまでも当センター独自調査の結果です。なお、特定の宗教等を紹介するという趣旨でなく、あくまでも当地方における文化・歴史・民俗学的観点から取材・編集を行っております。

謎多き「オシラサマ」

 「オシラサマ」と聞くと、遠野の昔話「オシラサマ伝説(馬娘婚姻譚)」を思い浮かべる人は少なくないはず。今でこそ「昔話」として物語化していますが、元々はオカミサマがオシラサマを「アソバセル(≒まつる)」ときに唱えていた(唄っていた)もの(祭文)だったとか。

 

 しかし、オカミサマから馬娘婚姻譚を聞いた人が昔話のように語り継ぎ、さらにそれを柳田国男が「遠野物語」として発表したことで、遠野がオシラサマ発祥の地であると思われるように……。

 

 実際には遠野以外にも広く岩手県内にはオシラサマが存在しており、年号が記載された貴重なオシラサマの中で、県内で最も古いのは、種市町(現洋野町)の真下家にあるオシラサマで大永5年(1525年)のものとされています。

 

 ちなみに、全国的に見ると、秋田や山形の一部で岩手とほぼ同様の性格のオシラサマが存在するほか、群馬県はじめ関東地方にも「オシラサマ」という呼称の民間信仰があるようですが、その姿は蚕の神様を描いた「掛け軸」であり、全く別物であるとされます。この群馬の「オシラサマ」は「蚕の神」でしかなく、あくまでも養蚕農家が祀るものである一方、岩手の場合、オシラサマは「目の神様」とされる地域が多く(海や船、家などその他の神である場合も)所有する家は養蚕農家とは限りません。そのため、当初は「目の神様」であった岩手のオシラサマが、ある時期に関東地方のオシラサマの影響を受け、「養蚕の神」という一面も付け加えられてしまったのでは、という説もあるようです。 

 

 また、馬娘婚姻譚で馬の首と一緒に天に昇った娘が、残った父が困らぬように、庭の臼の中で馬の形をした白い虫(蚕)になったという話が「遠野物語拾遺」にあるために「オシラサマ=蚕の神」というイメージにつながったとも考えられます。

 

 このように、そもそもオカミサマが馬娘婚姻譚を唱え始めた経緯をはじめ、オシラサマ信仰が現れた時期やその信仰内容等、「オシラサマ」は謎に包まれています。

遠野の昔話「オシラサマ伝説(馬娘婚姻譚)」

 

 昔ある処に貧しき百姓あり。妻はなくて美しき娘あり。また一匹の馬を養ふ。娘この馬を愛して夜になれば厩舎に行きて寝ね、つひに馬と夫婦になれり。

 ある夜父はこの馬を知りて、その次の日に娘には知らせず、馬を連れ出して桑の木につり下げて殺したり。その夜娘は馬のをらぬより父に尋ねてこの事を知り、驚き悲しみて桑の木の下に行き、死したる馬の首にすがり泣きゐたりしを、父はこれをにくみて斧をもちて後より馬の首を切り落せしに、たちまち娘はその首に乗りたるまま天に昇り去れり。オシラサマといふはこの時よりなりたる神なり。

                          (「岩手・遠野伝承園」館内看板より)

 

岩手県 オシラサマ 所有軒数分布図

「オシラサマ」 の キニナル あれこれ

オシラサマと一口に言っても、その姿かたちは様々。また、オシラサマにまつわる風習にも気になる要素がたくさん。一つの「地域文化」として記録・伝承していくべく、実際に拝見させていただいてきた時の内容も含め、謎多き「オシラサマ」の「不思議」をご紹介します。 ※取材内容はコチラで詳しく紹介しています(随時更新)

■1■ 材質・着物

 岩手県のオシラサマの多くは直径2~3cm、長さ30cm程の芯木(=ご神体)に着物を着せたもので、2体1組が基本です。芯木の先端に馬や人の顔(娘型・童型)などが彫られたり、炭で顔が描かれているものもあります(当地域では少ない)。

 

 芯木は桑の木が最も多いようですが、県南では竹も多く使われています。そのほか、杉や檜などが使われているところも。

 

 また、オシラサマは着物の着せ方によって「包頭型」と「貫頭型」に分けられ当地域は包頭型の方が多いようです。オシラサマの着物は1年に1度、もしくは1代に1枚、新しくしますが、交換するのではなく、上から新しい布を被せたり、縫い付けていくため、古いオシラサマほどボリュームが出ます。

 

 オシラサマに着せる布は、オシラサマの好む赤や花柄を選ぶように伝えられた家が多く、上棟式等で使用された赤い布を大切に取っておいて使っているという家も。ただし、「赤」は色と言うよりも「よそいきの」「キレイな」というニュアンスで使われることがあったようで、「赤い布」は必ずしも「真っ赤な無地の布」ではなく「普段使いのものではないキレイな布」という解釈で伝承されている家もあるようです。

【実際の取材より】

オシラサマ オガミサマ所有 一関市

 

【大東・佐藤きり子さん宅】

 

←当市在住のオカミサマ(佐藤きり子さん)が師匠から授かったオシラサマ(包頭型)。古い布はシルク生地ですが、赤いシルク生地は入手が難しいため、綿生地の普及とともに綿にした結果、オシラサマが大きく膨れてきてしまった(かさばってしまった)とのこと。芯の部分には年号のようなものが刻まれていますが解読不能。

オシラサマ 一関 室根

 

【室根・吉度家】

 

←包頭型ですが、包むのではなく、毎年1枚新しい布を新しい糸で縫い付けるよう伝承されてきた(赤や花柄という決まりはない)ということで、まるでカラフルな「はたき」のような姿(2体あり、2体とも同様)。中央付近の古い布は麻のような生地。普段は南流神社観音堂拝殿に祀られています。 

オシラサマ 一関 室根

 

 

 

 

 

 

 

【室根・渡辺家】

 

←着物を着せているような包み方ですが(包頭型)、全ての布を脱がせてみると……。

オシラサマ 一関 室根

髪の毛のある人形のような姿が!芯木(竹)の上部を和紙で包んだ部分が顔、それをさらに外側から包むように成形された麻が髪の毛のように見えますが、このようなオシラサマは極めて珍しいタイプであり、県内でも類を見ないとのこと。渡辺家では現在も毎年新しい布を着せていますが、布を縛る「麻」の入手が難しいとのことで、現在所有する麻を大切に使用しています。

 

オシラサマ 陸前高田市

【陸前高田市・蒲生家】

←平成19年時点では県内で最も所有軒数の多かった陸前高田市。津波の被害で現在は大幅に減っているものの、現存するお宅で見せていただくと、当市のオシラサマとはまた違う姿。かわいらしい布に包まれただけでなく、このお宅では箱にも布をかけていたらしく、まるでベッドで寝ているかのようなオシラサマです。

▲このオシラサマでは行屋(じょうや)と呼ばれる母屋ともまた別の建物に置かれています。行屋とは小部落(班レベル)の人が集う場所とのことで、陸前高田市ではこの行屋に置かれるパターンも多いようです。

■2■ 神?仏?

 オカミサマの仕事道具としてのオシラサマは、「オシラボトケ」とも称され、亡くなって「仏」となった家族や先祖の「口寄せ」を行うためのものです。

 

 一方でオシラサマを所有する家の多くが、オシラサマを養蚕等の「神」として祀っている(多くの家が神棚に置いている)ことから、オシラサマには神と仏、2つの側面があるのです。

 

 また、関係性は曖昧ですが、オシラサマを祀っている家では「四足・二足は食べてはいけない」等の禁忌事項があったという話も少なくはありません。

 

■3■ 祭日≒オシラアソバセ≒女性が休む口実!?

 1月16日(またはその前後)を「オシラアソバセ」というオシラサマの祭日とし、この祭日に新しい布(≒オセンタク)を着せる「コロモガエ」を行う家が多いようです。家によっては祭司をオカミサマにお願いし、神降ろしやオシラ祭文を奉唱してもらったそうです。また、一年の出来事を託宣してもらうこともあることから、「オシラセサマ」が「オシラサマ」になったのではないかという説も。

 

 オカミサマを呼ばず、親族や家族のみで行う家では、コロモガエとともに、オシラサマで子どもたちの頭や身体の弱っているところを撫でるなどして願掛けをしていたようです。

 

 また、取材の中では、1月16日は「藪入り」でもあることから、オシラアソバセを口実に女性たちが休む日だったのでは?という声も。上記で紹介した陸前高田市の行屋でも「神様アソバセ」という名目で女性たちが集まってお茶のみをする文化があったとのことで、オシラサマは女性たちを休ませるための存在でもあったのかもしれません。

 

岩手県指定有形民俗文化財としてのオシラサマ

 川崎町の大乗寺には200体以上のオシラサマが納められており「大乗寺のオシラサマ」として文化財に指定されています。後継者がいれば受け継がれていくオシラサマですが、祀る人(オカミサマ)が他界した時などに、粗末に扱うことも禁忌とされていることから、寺へ納められるようになったとか。寺が指示したわけでもなく、自然発生的に寺へ納められるようになったそうですが、ここに納められているオシラサマは全て大乗寺出身者または関りがあったオカミサマが使用していたものだそうです。

オシラサマ 一関市 大乗寺
オシラサマ 一関市 大乗寺

<参考文献> 

一関市教育委員会(2011)『一関の文化財』

川崎村教育委員会(2004)『川崎村のオシラサマ調査報告書』

室根村教育委員会(2001)『室根村の仏像・オシラサマ』

陸前高田市立博物館(1990)『図録 陸前高田のオシラサマ』

(財)岩手県文化振興事業団(2008)『いわてオシラサマ探訪』  

↓実際の誌面ではこのように掲載されております

なお、本誌に掲載しきれなかった取材内容はコチラからご覧いただけます!

2020 idea6月号 自由研究 実際の誌面

 

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